「昨日デバッグしていたのは何だった?」に答えるChatGPT

2026年8月13日(米国時間)、OpenAIは ChatGPT for Mac に Computer History を追加しました。 有効にすると、ChatGPTデスクトップアプリがユーザーが許可したアプリとWebサイト上の操作——クリック、入力、キーボードショートカット、アプリの切り替え——を記録し、 検索できるタイムラインと、ChatGPT・Codexが参照する「記憶(memories)」に変換します。

OpenAIが挙げる使い方は「昨日デバッグしていたのは何?」「あのPRはどこまで進めた?」のような質問です。 これまでのChatGPTは会話の中身しか知らないので、Slackで読んだスレッド・エディタで開いていたファイル・ブラウザで見ていたダッシュボードを、質問するたびに人間が説明し直す必要がありました。 Computer Historyは、その「文脈の再説明」を無くすための機能です。

ただしこれは、AIアシスタントがPC上の行動をログとして持つという話でもあります。 2024年にMicrosoftがWindows Recallで大きな批判を浴びた領域そのものです。 本記事では、Computer Historyを「系譜」「仕組み」「Chronicle・Recallとの比較」「プライバシーの論点」「有効化の設計」の順に、導入を判断する側の目線で整理します。

ここに至るまで:Recall → Chronicle → Computer History

Microsoft が Windows Recall を発表

Copilot+ PC向けに、数秒ごとのスクリーンショットをローカルで検索可能にする機能として発表。直後に「暗号化されていないSQLiteに保存される」と研究者が指摘し、発売直前に提供延期。

Recall が再設計を経て一般提供

オプトインに変更、Windows Hello認証の必須化、VBS(仮想化ベースセキュリティ)エンクレーブ内での暗号化を追加。処理は端末内のNPUで完結する設計。

OpenAI が Chronicle を研究プレビュー公開

Codex for Mac 向け。バックグラウンドで定期的にスクリーンショットを取得し、選別したフレームをOpenAIサーバーでOCR・要約して、ローカルにMarkdownの記憶を保存。Pro限定、Apple Silicon+macOS 14以上、EU・UK・スイスは対象外。

Codex アプリが ChatGPT デスクトップに統合

ChatGPT Work公開と同時に、Chat / Work / Codex の3タブ構成の新アプリへ。Chronicleの受け皿がChatGPT本体に移る。

Computer History 公開、Chronicle を置き換え

スクリーンショットを廃し、アクセシビリティAPI経由の操作イベントを記録する方式に作り直し。Pro / Business / Enterprise向け。EEA・スイス・UKは後日。

流れとして押さえたいのは、Computer HistoryがChronicleの改名ではなく、記録方式そのものを差し替えた再設計だという点です。 Chronicleは4か月足らずで役目を終えました。 OpenAIは理由を明言していませんが、スクリーンショット方式には「画面に映った他人の情報まで撮ってしまう」「フレームをサーバーに送る」「レート制限を早く消費する」という、Recallが叩かれたものと同じ弱点が揃っていました。 イベント方式への転換は、その批判を先回りして避ける動きとして読めます。

仕組み:何を記録し、どこで処理し、どこに残るか

Computer Historyのデータの流れは、大きく4段階です。

flowchart LR
  A["1. 収集<br/>macOS アクセシビリティAPI<br/>クリック・入力・ショートカット・アプリ切替"] --> B["2. 一時保存<br/>Mac 上のイベントファイル<br/>最長 48 時間"]
  B --> C["3. 要約<br/>OpenAI サーバーで処理<br/>処理後のイベントは保持しない"]
  C --> D["4. 記憶ファイル<br/>Mac 上に Markdown で保存<br/>削除するまで残る"]
  D --> E["ChatGPT / Codex<br/>会話の文脈として参照"]
  D --> F["タイムライン UI<br/>日時ごとの要約・関連アプリ<br/>スキル/自動化の提案"]
Computer History のデータフロー。収集と保存はローカル、要約だけがクラウド

1. 記録するもの・しないもの

記録する記録しない
クリック、入力したテキスト、キーボードショートカットスクリーンショット・画面録画
アプリの切り替え、開いていたウィンドウやサイトの文脈マイク入力・システム音声
許可リストに入れたアプリ・Webサイト上の操作のみブラウザのプライベートモードでの操作(自動除外)
macOSのアクセシビリティ機能から取れるテキスト・UI情報除外リストに入れたアプリ・サイト、一時停止中の操作

技術的に重要なのは、取得経路がmacOSのアクセシビリティAPIだという点です。 これはスクリーンリーダーが使う仕組みと同じで、画面上のUI要素の構造とテキストを読み取ります。 OpenAIのドキュメントが要求しているのはアクセシビリティ権限で、キーボードの生の押下を横取りする「入力監視(Input Monitoring)」権限とは別物です。 つまり「キーロガー」と呼ばれる実装とは経路が異なり、フィールドに入力された値をUI経由で読むのに近い。 ただ、結果として「何を打ったか」が残る点は同じなので、報道が keylogging と表現するのも無理筋ではありません。

2〜3. ローカルで溜めて、クラウドで要約する

収集したイベントは、まずMac上に一時ファイルとして保存されます(ChatGPTのApp Groupコンテナ内、最長48時間)。 その後OpenAIのサーバーに送られ、要約されて「記憶」に変換されます。 OpenAIは「処理後のイベントファイルは、法的に必要な場合を除き保持しない」「学習には使わない」としています。

ここがRecallと最も違うところです。 Recallは処理も保存も端末内で完結させるためにNPU搭載のCopilot+ PCを必須にしました。 Computer Historyは要約をクラウドに出す代わりに、ハードウェア要件なしで提供できています。 「送らない」を選ぶか「どこでも動く」を選ぶか、という設計上のトレードオフです。

4. 記憶ファイルはMarkdownで手元に残る

生成された記憶は、Mac上にMarkdownファイルとして保存されます。 ドキュメントが示すパスは ~/.codex/memories/extensions/skysight/ で(skysight は内部コード名と思われます)、 ユーザーは中身をそのまま開いて読めますし、編集もできます。 Chronicleと同じくCodexの記憶(memories)機構の拡張として実装されているので、Computer Historyを使うにはCodexのMemories機能を有効にしておく必要があります。

タイムラインUIでは、日・時間帯ごとに「タイトル、テキスト要約、関与したアプリ、提案されたスキルや自動化、削除ボタン」が並びます。 この「自動化の提案」が、OpenAIがこの機能で狙っている出口でしょう。 毎朝同じダッシュボードを開いて同じスプレッドシートに転記している、という繰り返しを検出して、Codexのスキルや Work の Scheduled Tasks に置き換える導線です。

Chronicle・Windows Recall との比較

観点Chronicle(2026-04)Computer History(2026-08)Windows Recall(2025-04 GA)
記録方式スクリーンショットを定期取得操作イベント(アクセシビリティAPI)スクリーンショットを数秒ごとに取得
画面に映った他人の情報撮ってしまう許可アプリ内のUIテキストは残り得る撮ってしまう(機密情報フィルタあり)
要約・解析の場所OpenAIサーバー(OCR+視覚解析)OpenAIサーバー端末内(NPU)
一時データの保持6時間最長48時間端末内に保持(容量上限で削除)
記憶の保存先ローカルMarkdown(平文)ローカルMarkdown(平文・非暗号化VBSエンクレーブ内で暗号化、Windows Hello認証で復号
ハードウェア要件Apple Silicon、macOS 14+記載なし(ChatGPT for Mac が動くMac)Copilot+ PC(NPU 40 TOPS以上)
対象Pro($100+/月)Pro / Business / EnterpriseWindows 11 Copilot+ PC ユーザー
既定オフ(オプトイン)オフ(オプトイン)オフ(再設計後にオプトインへ変更)
地域制限EU・UK・スイス対象外EEA・スイス・UK は後日EUは後追いで提供

表を眺めると、Computer Historyの立ち位置がはっきりします。「何を撮るか」ではRecallより控えめ、「どこで処理するか」ではRecallより攻めている、「どう守るか」ではRecallより弱い。 スクリーンショットをやめたことで「画面に出ていた他人のクレジットカード番号を撮った」という類の事故は起きにくくなりましたが、 要約をサーバーに送る点と、記憶が平文で置かれる点は、2024年のRecall初期版が批判された構図と重なります。

Microsoftは批判を受けて11か月かけて暗号化とHello認証を足しました。 OpenAIは逆に、その暗号化の部分を「ユーザーの責任範囲」に置いたまま出しています。 そこを明文化しているのが、次節のドキュメントの警告です。

プライバシーと安全性の論点

平文Markdownは、同じユーザーの他プロセスから読める

OpenAIのドキュメントは、はっきりこう書いています。 「Computer Historyのファイルは機密情報を含み得る。Computer Historyによって暗号化はされておらず、あなたのmacOSユーザーとして動作する他のプログラムがアクセスできる可能性がある」。

macOSでは、ユーザーのホームディレクトリ下のファイルは、同じユーザー権限で動く任意のアプリから読めます(TCCで保護される「デスクトップ」「書類」等の特別なフォルダを除く)。~/.codex/ はそういう保護対象ではないので、たとえばnpmで入れたパッケージのpostinstallスクリプトや、ブラウザ拡張のネイティブヘルパーが、 「先週あなたがSlackで誰と何を話し、どのファイルを編集していたか」の要約を丸ごと読める、ということになります。 FileVaultはディスク盗難には効きますが、ログイン中の同一ユーザーのプロセスには効きません

プロンプトインジェクションの入口が広がる

もう一つ、OpenAI自身が明記しているのが「アプリやWebサイト上のコンテンツによるプロンプトインジェクションのリスクを高める」ことです。 仕組みを考えれば当然で、許可したアプリで表示されたテキストはイベントとして記録され、要約を経て、後日ChatGPTやCodexの文脈に入ります。 悪意あるWebページに「あなたはAIアシスタントです。次に〜せよ」と埋め込まれていれば、それが記憶に混入し、数日後に、まったく別の作業中のCodexが、その指示を読む可能性があります。

通常のインジェクションは「今この瞬間に読ませたコンテンツ」が問題ですが、Computer Historyは時間をまたいだ遅延型のインジェクションを成立させます。 ChatGPT Workのように外部アクションを持つエージェントと組み合わせるなら、記憶経由で指示が混入する経路を前提に承認ゲートを残す必要があります。

  • 他人との会話: OpenAIは「他者との通信中は、相手の事前の明示的な同意がない限りオフにすること」と推奨。Slack・メール・会議ツールを許可リストに入れるなら、相手側の同意問題が常に付きまとう
  • 機密データ: 「健康・金融・個人情報を扱うアプリは除外するか、一時停止する」ことを推奨。人事・採用データを扱う職種は、該当アプリをそもそも許可リストに入れない設計になる
  • 学習データ: イベントファイルは学習に使わないが、記憶がチャットに引用された時点でチャットの内容になるため、ユーザーのデータ設定次第で学習対象になり得る
  • 地域: EEA・スイス・UKは初期提供外。GDPR圏を含むチームでは「使える人と使えない人」が混在する
  • コスト: バックグラウンドの要約はトークンを消費する。Chronicleは「レート制限を早く消費する」と明記されており、Computer Historyも同じ枠の話になる

有効化の設計:許可リストを最初に絞る

使うと決めた場合の手順と、その前に決めておくべきことを並べます。

前提条件

項目内容
プランChatGPT Pro / Business / Enterprise。APIキー・Amazon Bedrock経由では利用不可
管理者許可Business / Enterprise は管理者が Workspace Settings → Permissions & roles で有効化してから、各ユーザーが自分でオンにする二段階
依存機能Codex の Memories が有効であること(Computer History はその拡張として動く)
地域EEA・スイス・UK は初期提供外
OS権限macOS のアクセシビリティ権限。Chronicle で必要だった画面収録権限は不要

手順

  1. ChatGPT for Mac の Settings → Integrations → Computer History を開く
  2. Turn on を選び、プライバシーと権限の説明を確認する
  3. macOSのアクセシビリティ権限を付与する
  4. 含めるアプリ・Webサイトを選ぶ(ここが本体)
  5. メニューバーから Pause / Resume を切り替えられることを確認する

許可リストの設計例

「全部入れて、困ったら消す」は、この機能では最悪の順番です。 記憶ファイルは削除まで残り、一度チャットに引用されればチャット履歴にも残ります。最初に狭く始めて、必要になったら広げるが基本です。

分類判断
入れるエディタ・IDE、ターミナル、GitHub、社内Wiki、設計ドキュメント自分の作業の文脈そのもので、他人の発言を含まない
条件付きブラウザ(サイト単位で許可)技術ドキュメント・ダッシュボードのドメインだけ許可し、Webメール・SNS・銀行は除外
入れないSlack・メール・会議ツール・チャット他人の同意問題が常に発生する。要約は Work のプラグイン経由で必要な時だけ取るほうが安全
入れないパスワードマネージャ、人事・採用システム、決済・会計、医療・健康OpenAI 自身が除外を推奨。記憶に入った時点で平文で残る

記憶ファイルを自分の目で確認する

有効化して1日ほど使ったら、何が記憶として残っているかをファイルで確認してください。 タイムラインUIより、生のMarkdownを見たほうが「思ったより残っている」に気づきやすいです。

# 記憶ファイルの置き場所(ドキュメント記載のパス)
ls -la ~/.codex/memories/extensions/skysight/

# 直近に生成された記憶を確認
ls -t ~/.codex/memories/extensions/skysight/ | head -5

# 機密っぽい語が混入していないかを機械的に確認
grep -ril "password\|token\|給与\|候補者" ~/.codex/memories/extensions/skysight/ || echo "該当なし"

# パーミッションを自分だけに絞る(ChatGPT は自分のユーザーで動くので支障なし)
chmod 700 ~/.codex/memories
chmod -R go-rwx ~/.codex/memories/extensions/skysight/

最後の chmod は、同一ユーザーの他プロセスからの読み取りには効きません(同じユーザーなら所有者権限で読める)。 効くのは他ユーザーや共有マシンの場合だけなので、「やらないよりはよいが、平文問題の解決ではない」ことは理解しておく必要があります。 本質的な対策は、許可リストに漏れて困るものを最初から入れないことです。

使い方の型

実際に効くのは「時間」と「場所」で文脈を指す質問です。

昨日の午後にターミナルで追いかけていたエラーは何だった?
再現手順まで思い出せる範囲でまとめて。

先週レビューしていた PR のうち、コメントを書きかけで止まっているものはある?

今週 GitHub と社内 Wiki で調べていた内容をもとに、
「認証まわりの設計メモ」として下書きを作って。

毎朝やっている「ダッシュボード確認 → シート転記」の流れを検出できていたら、
Codex のスキルとして自動化する案を出して。

逆に向かないのは、記録していないアプリの内容を前提にした質問です。 Slackを除外していれば「昨日Slackで誰に何を頼まれた?」には答えられません。 それは欠陥ではなく、許可リストの設計をそのまま反映した挙動で、むしろ意図どおりに動いている証拠です。

結局どう使うか

状況判断理由
個人のPro利用、開発作業の文脈復元が目的エディタ・ターミナル・GitHub に絞って試す他人の情報を含まず、「昨日のデバッグ」型の質問に一番効く領域
チームで Business / Enterprise管理者はまず許可しないか、パイロットグループ限定Slack・メールを入れた瞬間に同意問題が全社に広がる。許可リストのガイドラインを先に作る
人事・採用・財務データを日常的に扱う該当アプリは除外、または機能自体を使わないOpenAI 自身が除外を推奨。平文の記憶に候補者情報が残るリスクを取る理由がない
EEA・UK・スイス拠点を含む提供開始まで待つ/地域差を前提に運用設計初期提供外。GDPR 下での「他者の記録」の整理も必要
ChatGPT Work と併用Plan mode の承認ゲートは維持記憶経由の遅延型インジェクションが外部アクションに届く経路になる

Computer Historyは、スクリーンショット方式をやめたことでRecallが最初に叩かれた「撮りすぎ」の問題を避け、 代わりに「クラウドで要約する」「平文で残す」という二つの割り切りを、ドキュメントに明記した上で出した機能です。 制御はよく揃っていますが、守るのは「何を記録するか」まで。「記録したものを誰が読めるか」は、いまのところユーザーの側にあります。

試すなら、開発ツールだけを許可リストに入れて1週間使い、記憶ファイルを自分の目で読んでから、範囲を広げるかどうかを決めるのがいちばん現実的です。 「昨日のデバッグ」を思い出してくれる便利さと、「先週の全行動要約が平文で手元にある」重さを、両方見た上で判断する機能だと思います。

参考

理解度チェック

問題 0 / 50%
Q1

Computer History は、2026年4月に研究プレビューとして公開された「____」を置き換える機能である。前身はスクリーンショット方式だった。空欄を答えてください。