前章では、ARM・x86・RISC-Vそれぞれのライセンス構造とガバナンスの違いを見てきました。 ARMは知的財産のライセンスビジネス、x86はIntel・AMDによる複占、RISC-Vはロイヤリティフリーのオープンな命令セット—— という構造の違いを踏まえた上で、本章ではいよいよ「では実際に市場でどう戦っているのか」を、 性能・電力効率・市場シェアの具体的な数字で確認していきます。

ただし本章の主眼は数字を並べることだけではありません。CPU業界の市場シェア報道には、指標の定義があいまいなまま独り歩きする数字がしばしば紛れ込みます。 第2章で学んだ「ベンチマークの読み方」の延長線上で、本章では特に話題になった2つの数字—— 「Armがハイパースケーラーで50%」「RISC-Vが25%のシェアに到達」——を一次情報まで遡ってファクトチェックします。

PC市場シェア — AMDの過去最高シェアとArmの追い上げ

市場調査会社Mercury Researchによれば、2025年Q4時点でAMDはx86プロセッサ全体の出荷台数シェアで29.2%を記録し、これは同社にとって過去最高の数値です。金額ベースではさらに高く、35.4%に達しています。 出荷台数より金額シェアの方が高いという事実は、AMDが単価の高いハイエンド帯に強いことを示しています。

セグメント別に見ると、デスクトップPCではAMDのシェアが約36%(2025年Q4、前年同期は27%弱)まで伸び、 金額シェアでは42.6%に達しました。一方ノートPCでは、AMDは26%(前年同期23.8%)まで伸びたものの、Intelが依然として74%を握っています。 デスクトップとノートで競争構造が異なる点に注意が必要です。

ARM系CPUの動きも見逃せません。Appleは2025年通期のMac出荷台数が前年比+16.4%と好調で、 世界PC市場全体でのシェアはおおむね9〜10%程度(集計機関により差異あり)とされています。 ARM系CPU全体(Apple Silicon含む)のPC市場出荷シェアは2025年Q4時点で13.3%まで拡大しており、 Canalysの予測では2026年末までに最大30%に達する可能性があるとの見立ても出ています。

サーバー市場シェア — Armが独立系調査でも過去最高を更新

サーバー市場でも構図は動いています。Mercury Researchの2026年Q1データでは、 Intelのシェアは54.9%(前年同期64.4%)まで低下し、AMDは27.4%(前年24.1%)へ上昇しました。そしてArm Holdingsは17.5〜17.7%(前年11.5%)と、独立系調査でも過去最高水準に達しています。

サーバー市場シェア(2026年Q1、Mercury Research調べ、単位: %)

Armの伸びを牽引しているのはクラウド事業者による自社設計チップです。AWSは2025年のプライムデー期間中、 自社のGravitonプロセッサがAmazon.com自身のEC2コンピュート容量の40%超を占めたと発表しています。 これは後述するクラウド自社設計チップの拡大が、独立系調査のシェア数値にも着実に反映され始めていることを示す一例です。

【要注意】「Armがハイパースケーラーで50%超え」報道のファクトチェック

2026年に入ってから、「Armがハイパースケーラーで50%のシェアを握った」という趣旨の報道を目にした読者も多いはずです。 これはArm HoldingsのCEOであるRene Haas氏が、2026年度通期決算発表の場で 「Arm's market share of CPU compute now representing about 50% share among top hyperscalers」 と述べたことが発端です。数字自体は事実ですが、そのまま鵜呑みにすると市場全体の理解を誤ります。

モバイル市場 — ARMがほぼ独占する理由

一方でモバイル市場に目を移すと、状況は一変します。スマートフォン・タブレット向けSoCでは、 ARMアーキテクチャがほぼ99%程度という圧倒的なシェアを占めています。この独占的地位には3つの理由があります。

要因内容
RISC設計思想第6章で見た小規模で最適化された命令セットが、電力効率を重視するモバイル用途に適合した
ヘテロジニアス構成第7章で見たbig.LITTLE等のP-core/E-core設計により、性能と省電力を両立できた
ライセンスモデルによる標準化第8章で見た通り、主要SoCベンダーがほぼ全てARMをライセンスし、事実上の業界標準になった

【要注意】RISC-V「25%シェア」報道のファクトチェック

RISC-Vについても、「2026年に世界シェア25%に到達」といった趣旨の記事がネット上に出回っていますが、 これも一次情報まで遡ると文脈が異なります。

地政学的な文脈も無視できません。中国はRISC-V出荷の世界シェア約50%を占めるとされ、 米国による輸出規制を回避するための戦略的手段としてRISC-Vを位置づけています。 2025年には中国政府の8省庁が共同で、RISC-V推進のための全国政策指針を策定しました。 第8章で見たRISC-Vのオープンなガバナンス構造が、地政学リスクへのヘッジ手段として国家戦略に組み込まれている構図です。

クラウド自社設計チップの進化 — Gravitonを中心に

サーバー市場でArmのシェアが伸びている最大の要因は、クラウド事業者による自社設計チップの急速な進化です。 AWSのGravitonシリーズは、2018年の初代から一貫して性能を伸ばし続けています。

世代発表年コア数マイクロアーキテクチャ
Graviton12018年16コア汎用ARMコア
Graviton22019年64コアNeoverse N1
Graviton32021年64コアNeoverse V1
Graviton42023年96コア/ソケットNeoverse V2
Graviton52025年192コアNeoverse V3(TSMC 3nm)

実測ベンチマークでは、OLTP(オンライントランザクション処理)ワークロードにおいてGraviton4は Xeon比で約38%、AMD EPYC比で約20%低レイテンシを示すとされています。 価格性能比ではAMD比で約35%、Intel比で約15%優れるという分析があり、 AWS自身は公式に「x86比で最大20%安価」と主張しています。

この流れはAWSだけにとどまりません。GoogleはNeoverse N3ベースのAxion、 MicrosoftはNeoverse N2/V3ベースのCobalt 100/200を投入し、 主要ハイパースケーラーが揃って自社設計のArmベースサーバーCPUへ舵を切っています。 これは第8章で見た「ARMのライセンスモデルが多様なプレイヤーによる独自設計を可能にする」という構造が、 クラウドインフラの領域でも本格的に花開いた結果と言えます。

ベンチマーク手法の違いと読み方の注意点

第2章で「ベンチマークの読み方」に軽く触れましたが、x86・ARM・RISC-Vを横断的に比較する際は、 使用するベンチマークスイートの特性を理解しておくことがいっそう重要になります。

ベンチマーク特性注意点
SPEC CPU業界標準の重量級スイート。多様なワークロードを網羅コンパイラの最適化フラグ等の測定条件により結果が大きくばらつく
Geekbenchクロスプラットフォームで手軽に実行可能サーマルスロットリングを検出できるほど長時間・高負荷では回さない設計。Geekbench 6のマルチコア測定モデルの実装には批判もある
Cinebenchレンダリング処理に特化。再現性が高い単一ワークロード特化のため、汎用性能の代表値としては限定的

総括すると、いずれの指標も単体で「絶対的な優劣」を示すものではありません。 自分が評価したいワークロードの特性(トランザクション処理か、レンダリングか、汎用的な事務作業か)に応じて、 複数のベンチマークを組み合わせて解釈する必要があります。

統計データを読む際の注意点 — 集計範囲という落とし穴

本章で紹介したMercury Researchの数字にも、実は注意すべき点があります。同社は全x86サーバー級プロセッサを対象に集計していますが、別の調査会社であるIDCは伝統的サーバーのみ(4ソケット以上のシステムなどを除外) を対象としています。集計範囲が異なるため、同じ四半期のデータであっても両社の数値は大きく食い違うことがあります。

x86・ARM・RISC-V 総合比較

ここまで見てきた内容を、性能・電力効率・ライセンス・エコシステム・市場シェア動向の観点で整理すると、次のようになります。

観点x86ARMRISC-V
性能傾向シングルスレッド性能・レガシー互換性に強み電力効率あたりの性能に強み。サーバー向けも急伸汎用性能ではまだ発展途上。特定用途向けが先行
電力効率CISC由来の複雑なデコーダによりダイ面積・消費電力が大きい傾向RISC設計思想により電力効率に優れる(第6章)カスタム命令拡張により用途特化での効率化が可能
ライセンスIntel・AMDによる複占(クロスライセンス、第8章)Arm Holdingsによるアーキテクチャライセンス(第8章)ロイヤリティフリーのオープンISA(第8章)
エコシステム成熟度PC・データセンター向けソフトウェア資産が最も豊富モバイルでほぼ独占。サーバー・PCでも急速に拡大発展途上だが中国を中心に急拡大
市場シェア動向(2025〜26年)サーバーは54.9%までシェア低下傾向(Mercury Research)サーバー17.7%・モバイル約99%・PC13.3%と全方位で伸長半導体市場浸透率25%到達(2025年10月、SHD Group発表)

次章への橋渡し

本章では、x86・ARM・RISC-Vの市場シェアと性能を具体的な数字で確認し、特に「Armのハイパースケーラー50%」 「RISC-Vの25%浸透率」という2つの話題の数字については、一次情報まで遡って正確な文脈を押さえました。 市場シェアの数字は、誰が・何を・どの範囲で測ったかによって見え方が大きく変わる、という教訓は、 CPU業界に限らずあらゆる統計データを読む際に応用できる視点です。

次の第10章では、視点をさらに「今」に近づけます。Panther Lake・Zen 6・M6といった最新世代のプロセッサ、 TSMC 2nmプロセスの量産状況、そしてAI推論需要が牽引するCPU業界の地殻変動、 RISC-V商用化の最前線といった2026年時点の最新動向を追っていきます。

理解度チェック

問題 0 / 50%
Q1

Mercury Researchによる2026年Q1時点のサーバー市場シェアで、Arm Holdingsのシェアはおよそ何%ですか?

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