制度史は「序列の軸」の変遷史である

第1章で、人事制度の三本柱(等級・評価・報酬)を貫く設計原理は基準軸の一貫性だと述べました。 等級が職務基準なら評価も報酬も職務基準に揃える。軸をまたいだ接ぎ木は制度を壊す——という話です。 この視点を持つと、日本の人事制度の80年史は驚くほどすっきり読めます。 それは「何を序列の軸にするか」をめぐる、試行と挫折の連続だからです。

生活(1946年)→ 職務(1950年代・挫折)→ 能力(1969年〜)→ 成果(1990年代・挫折)→ 役割(2000年代)→ 職務の再来(2020年代)。 主軸はこの順序で移ってきました。重要なのは、挫折した2回(1950年代の職務給、1990年代の成果主義)がどちらも「軸の不整合」で失敗していることです。 制度そのものの優劣ではなく、他の仕組みとの噛み合わせで勝敗が決まった——この章で確認したいのはその一点です。

80年の年表を一望する

電産型賃金体系

日本電気産業労働組合の賃金要求として成立。本人給(年齢別)+家族給を中核とし、生活保障を賃金の基準に置いた。「年齢が上がれば賃金も上がる」という年功賃金の原型。

米国型職務給ブーム、そして挫折

占領期以降、職務分析にもとづく職務給の導入が推奨され一部で試行された。しかし頻繁な配置転換・新卒一括採用・長期育成という日本の雇用慣行と噛み合わず、広くは定着しなかった。

日経連『能力主義管理』

年功でも職務でもない「職務遂行能力」を序列の軸に据える路線を提示し、職能資格制度普及の基軸となった。理論的な体系化は楠田丘『職能資格制度』(1975年)が担った。

職能資格制度の全盛

高度成長と終身雇用を前提に、人基準の等級が日本企業の標準になる。職務が変わっても等級は動かないため、人事部主導のローテーションと完全に整合した。

富士通の成果主義導入(段階導入)

1993年に管理職層へ、1998年に全社員へと段階的に拡大。日本の成果主義ブームを象徴する事例となり、同時に最も詳細に検証された失敗事例にもなった。

城繁幸 vs 高橋伸夫の論争

城繁幸『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』と高橋伸夫『虚妄の成果主義』が同年に登場。前者は運用の失敗を、後者は設計思想そのものを批判した。

役割等級制度(ミッショングレード)

能力(人基準)と職務(仕事基準)の折衷解として普及。「担っている役割の大きさ」を軸に据え、職務ほど硬直せず職能ほど年功化しない中間解を狙った。

濱口桂一郎『新しい労働社会』

「ジョブ型」「メンバーシップ型」という対概念を提示し、日本の雇用の特徴を職務ではなくメンバーシップに求める見方を定式化した(第6章で詳述)。

ジョブ型再燃

富士通が2020年に管理職約1.5万人を対象にジョブ型へ移行、KDDIも同年に導入。日立は2021年に管理職の職務記述書を整備、2022年7月に一般社員へ拡大した。

政府「ジョブ型人事指針」

内閣官房・経産省・厚労省の連名で公表。富士通・日立・KDDI・資生堂・メルカリなど導入済み20社の事例を共通フォーマットで整理した(第6章で詳述)。

生活を軸にした出発点 — 電産型賃金と職務給の挫折

1946年 電産型賃金体系

戦後日本の賃金制度の出発点は、1946年の電産型賃金体系です。 日本電気産業労働組合(電産)の賃金要求として成立したこの体系は、賃金の中核を本人給(年齢に応じて決まる部分)と家族給(扶養家族数に応じて決まる部分)に置きました。 つまり基準軸は仕事でも能力でもなく、生活です。 食糧難とインフレの時代に、まず生きられる賃金を確保するという合理性がありました。

ここで注意したいのは、後に「年功序列」と呼ばれるものが、 最初から年齢という測定コストの低い代理変数で生活費を近似する仕組みとして出発している点です。 年功賃金は怠慢の産物ではなく、生活保障という明確な設計意図を持った制度でした。

1950年代 職務給はなぜ定着しなかったのか

1950年代、生産性向上運動とともに米国型の職務給(job-based pay)が紹介され、 職務分析にもとづいて仕事の価値を測り賃金を決める方式が推奨されました。一部の企業が試行しますが、広くは定着しませんでした。 理由は制度の欠陥ではなく、周辺の仕組みと噛み合わなかったことです。

  • 頻繁な配置転換と衝突する: 職務給は「職務が変われば賃金も変わる」制度です。人事部が数年ごとにローテーションを回す組織では、異動のたびに賃金が上下することになり運用に耐えません。
  • 新卒一括採用・長期育成と衝突する: 職務給は「その職務を遂行できる人」を前提に値付けします。未経験の新卒を採って社内で育てる前提だと、育成期間の処遇が説明できません。
  • 職務の境界が曖昧: 日本の職場は職務記述書を持たず、業務の境界を柔軟に融通し合うことで成り立っていました。境界のないものを測って値付けすることはできません。

この挫折は、制度は単体では評価できないという第1章の主張の最初の実証例です。 同じ職務給が、職務が固定された欧米の労働市場では標準として機能し、日本では根付かなかった。 差は制度の中ではなく、制度が置かれた環境の中にありました。

職能資格制度 — 「人基準」という日本的発明

1969年 日経連『能力主義管理』

生活基準(年功化のリスク)でも職務基準(運用不能)でもない第三の道として登場したのが、 1969年に日経連が公表した報告『能力主義管理』の路線です。序列の軸に据えられたのは職務遂行能力(職能)——「その人が何ができるか」でした。 これを制度として体系化したのが楠田丘で、著書『職能資格制度』(1975年)は 日本の人事実務における事実上の標準テキストになりました。

職能資格制度の骨格は、社員を職務遂行能力の段階(等級)に格付けし、その等級に賃金(職能給)を紐づけるものです。 決定的な特徴は、等級が職務から切り離されていること。 営業から経理へ異動しても、能力そのものは失われていないので等級は変わらず、賃金も変わりません。

なぜ人基準は日本的雇用と噛み合ったのか

この「職務から切り離す」という一点が、当時の日本企業のあらゆる仕組みと整合しました。

日本的雇用の要素職能資格制度がそれを支える仕組み
終身雇用能力は経験とともに蓄積するという前提のため、長期勤続が等級上昇として報われる。長く居ることが合理的になる
人事部主導の異動職務が変わっても等級・賃金が動かないため、本人の処遇を気にせず配置転換できる。強い人事権の前提条件
ゼネラリスト育成職務を限定しないので、複数部門を経験させる幅広いキャリア形成と矛盾しない
新卒一括採用最下位等級から全員が出発する設計が可能。未経験者を採って育てる前提と整合する
ポスト不足への対応管理職ポストがなくても等級だけを上げられる(昇格と昇進の分離)。処遇と役職を切り離せる

一方で、副作用も設計に内在していました。能力は下がらないという前提を置いたため、 等級は上がる一方で下がりません。結果として賃金は下方硬直的になり、 高度成長が終わって組織が高齢化すると総額人件費が構造的に膨張します。 さらに「能力」は直接観察できないため、実務では勤続年数が代理指標として使われ、 能力主義を掲げた制度が実質的に年功制度へ退化していきました。 1990年代の成果主義ブームは、この副作用への反動として起きたものです。

成果主義ブームと富士通のfailure study

富士通は何をして、何が壊れたのか

バブル崩壊後の1990年代、多くの日本企業が成果主義へ舵を切ります。 その先駆であり、最も詳細に検証された事例が富士通です。 同社は1993年に管理職層へ、1998年に全社員へと段階的に成果主義を拡大しました (「1993年に導入」と一括りにされることが多いのですが、全社員への適用は1998年です)。 そして2000年代初頭には、社内で深刻な機能不全が語られる状態になります。指摘された失敗は主に4点です。

  1. 年功要素との併存による中途半端さ: 等級や基本給には従来の年功的な仕組みが残り、成果給だけが上乗せされた。どちらの論理で処遇が決まるのかが本人にも説明できなくなった。
  2. チャレンジの喪失: 失敗が明確なマイナス評価になるため、社員は達成確実な低い目標を選ぶようになった。難しい仕事を引き受ける動機が制度上消えた。
  3. 目標管理の形骸化: 相対評価による分布管理が優先され、目標の達成度が評価に素直に反映されない。目標設定が「評価のための儀式」に堕した。
  4. 協調行動の崩壊: 個人の成果で序列がつくため、他者を助ける行動・後輩育成・部門をまたぐ支援といった、測りにくい貢献が割に合わなくなった。

城繁幸 vs 高橋伸夫 — 批判の層が違う

2004年、成果主義をめぐる2冊の本が同時期に世に出て、大きな論争になりました。 この2つは同じ側に立っているように見えて、批判している層がまったく違います。 混同すると教訓を取り違えるので、分けて整理します。

観点城繁幸『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』高橋伸夫『虚妄の成果主義』
著者の立ち位置富士通の人事部門に在籍した当事者としての内部告発経営学者による理論的批判
批判の層運用(implementation)の失敗。制度の回し方が壊れていた設計思想(design)の誤り。前提そのものが間違っている
主張の核相対評価の分布管理、年功との併存、評価者の能力不足など、運用の歪みが制度を無効化した日本企業の強さは「今の仕事の成果には次の面白い仕事で応える」という長期的な報い方にあった。金銭で短期的に報いる設計はその強みを壊す
含意される処方運用を正せば成果主義は機能しうる(評価者訓練・絶対評価・年功要素の整理)運用改善では足りない。金銭連動という設計自体を見直すべき
この章での位置づけ接ぎ木の「施工不良」を報告した記録接ぎ木すべきでない理由を理論で述べた批判

実務者にとって重要なのは、両方が同時に正しくありうるということです。 運用を改善すれば症状は軽くなる(城の含意)。しかし金銭を短期成果に直結させると内発的な動機を損なう (高橋の含意)——後者は第5章で見るように、金銭インセンティブは仕事の「量」に効いても「質」には効きにくい、 という海外の実証研究と整合します。運用の問題として片付ければ設計の問題を見落とし、設計の問題として片付ければ運用の改善余地を捨てることになります。

データで見る成果主義 — 「失敗した」のか

ここで一つ、通俗的な語りを修正しておく必要があります。 「日本の成果主義は失敗して終わった」という語り方は、事実としては正確ではありません。 労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査等が示すのは、次のような姿です。

  • 撤退していない: 約9割の企業が何らかの成果主義的な仕組みを導入済みです。制度は消えず、日本の人事制度に定着しました。
  • 格差は実際に拡大した: 成果主義の導入は賃金格差を拡大させたことが実証的に確認されています。制度は意図した通りに作動しました。
  • 評価が真っ二つに割れる: 企業(人事・経営側)は導入効果を肯定的に評価する一方、社員側は否定的に受け止める傾向があり、両者の認識に大きな乖離があります。

つまり成果主義は「機能しなかった」のではなく、設計者が意図した出力(格差の付与)は出したが、 受け手の納得感という別の指標を犠牲にしたのです。 制度評価は目的関数の取り方で結論が変わる、という当たり前だが忘れられがちな事実がここにあります。 賃金カーブの年功度(勤続1〜5年層から勤続30年以上層への上昇率)も、日本は1976年の約2.3倍から2019年には約1.7倍へと低下しており、 年功色は実際に薄まってきました(欧州は1.4倍前後で、なお差はあります)。

役割等級 — 日本が見つけた折衷解

職能(年功化する)と職務(硬直して運用できない)の両方の欠点を避ける中間解として、 2000年代に普及したのが役割等級制度(ミッショングレード制)です。 序列の軸は「担っている役割の大きさ」——期待される成果責任の重さです。

職務等級との違いは粒度と可変性にあります。 職務等級は職務記述書に基づいて仕事を細かく値付けし、原則として職務が変わらなければ等級も変わりません。 役割等級は「事業部の中核プロジェクトを牽引する」といった、より粗く記述された役割を単位とし、 期待役割が変われば等級も動きます。職務より柔軟で、職能より仕事に紐づく。 日本企業で管理職層の等級制度として最も多く採用されているのがこの役割等級で、 非管理職層では依然として職能給が最も多い——という階層ごとの使い分けが現在の実態です。

ただし役割等級は曖昧さを制度化した解でもあります。 役割の定義が粗いぶん、格付けの説明責任は運用(誰がどう決めるか)に押し出されます。 第3章では、この3類型を選択基準まで踏み込んで比較します。

海外の並行史 — 同じ問題への別の解

ここまでは日本の話でしたが、同じ80年間に海外でも同じ問題(何を軸に序列と処遇を決めるか)が扱われていました。 面白いのは、日本が制度全体を作り替えることで対応した問題に、海外は個別技法を積み上げることで対応したという違いです。

海外の展開扱っていた問題
1951Hay Guide Chart 発表(Edward N. Hay)。Hay Group自体は1943年創業職務の価値をどう測るか。ノウハウ・問題解決・アカウンタビリティの3因子で点数化する分析的職務評価
1954Peter Drucker『現代の経営』でMBO(目標による管理)が普及成果をどう定義し測るか。目標の合意にもとづく管理の枠組み
1973David McClelland「Testing for Competence Rather Than for Intelligence」→コンピテンシー運動能力をどう観察可能にするか。学歴・知能ではなく高業績者の行動特性で測る
1970s→1999IntelのAndy GroveがOKRを考案、1999年にJohn DoerrがGoogleへ持ち込む高い目標を掲げさせるには報酬と切り離す必要がある、という発想の転換
1980sGEのJack Welchによる Vitality Curve(20/70/10の強制分布)評価の甘辛をどう抑えるか。相対評価と分布の強制による原資管理
2012-2016Adobeが2012年に年次評価を廃止しCheck-inへ、Microsoftが2013年11月にstack rankingを廃止、GEは2014年にPD@GEをパイロット導入、2015年に拡大し、2016年にレイティングと強制分布を正式廃止強制分布の副作用(協働の回避、ゲーミング)への反省。いわゆるノーレイティングの潮流

注目すべきは1980年代のGEと1990年代の日本の成果主義が、同じ副作用を出していることです。 強制分布は、優秀な同僚と組むと自分の相対順位が下がるため協働を回避させ、 評価のためのゲーミングを誘発しました。富士通で協調行動が崩れたのと同じ現象です。 そして海外はこれを2010年代に一斉に見直しました(ただし近年は部分的な揺り戻しも観察されます)。同じ設計は、文化が違っても同じバグを出す——制度設計を普遍的な工学として学べる根拠がここにあります。

ジョブ型再燃 — 70年後の職務基準

2009年、労働政策研究者の濱口桂一郎は『新しい労働社会』でジョブ型/メンバーシップ型という対概念を提示しました。 日本の雇用の本質は「職務に人をはめる」のではなく「組織のメンバーにしてから仕事をあてがう」ことにある、という整理です (この原義と、実務界での用法のズレは第6章で詳しく扱います。ここではジョブ型は等級の基準軸の話であって、成果主義とは別の概念だという点だけ押さえてください)。

この言葉が実務で爆発的に使われ出したのは2020年代です。 富士通は2020年に管理職約1.5万人を対象にジョブ型へ移行し、KDDIも同年に導入。 日立は2021年に管理職の職務記述書(ジョブディスクリプション)を整備し、2022年7月に一般社員へ拡大しました。 そして2024年8月28日、内閣官房・経産省・厚労省が連名で「ジョブ型人事指針」を公表し、 導入済み20社の事例を共通フォーマットで整理しました。政府が制度移行の型を示したという意味で、一つの節目です。

ここで年表を振り返ると、皮肉な構図が見えます。1950年代に定着しなかった職務基準が、70年後に再登場しているのです。 ただし今回は前提条件が変わりました。中途採用が新卒採用を量的に上回る企業が現れ(富士通は2023年度に経験者採用1,083名で新卒1,037名を逆転)、 社内公募による異動が制度化され、専門職のキャリアが職務単位で語られるようになっています。 1950年代の失敗要因(頻繁な異動、未経験者育成前提、職務境界の曖昧さ)が部分的に解消されつつある。

とはいえ揺り戻しも同時に起きています。JAC Recruitmentの2025年の調査では、 ジョブ型の導入率は全体で21.8%(前年19.8%)、従業員1,000人以上の企業で36.0%(前年29.5%)と増加した一方、 同調査でジョブ型に反対する層は47.2%(前年36.2%)へと増えています。 課題として挙がるのは成果へのプレッシャー(62.7%)、他スキル習得の困難(61.7%)、異動設計の困難(60.7%)。職務基準が持つ本来の硬直性は、70年後もそのまま論点として残っているわけです。

理解度チェック

問題 0 / 50%
Q1

日本企業の人事制度で「序列の主軸」となった基準を、古い順に並べてください。

矢印ボタンで正しい順序に並べ替えてください

1役割(役割等級制度・ミッショングレード)
2成果(成果主義の導入)
3職務遂行能力(職能資格制度)
4生活(電産型賃金体系の本人給・家族給)