書籍紹介

本書は中途採用の"現場で効く"ノウハウを体系化した実務書だ。 著者の今啓亮氏は、採用代行サービス「まるごと人事」を展開するマルゴト株式会社の代表。数百社の中途採用の実行部隊として現場に入り続けてきた経験が、そのまま本書の各章の定石として結晶している。 人事制度論や組織論の本ではなく、「求職者を惹きつけ、口説き、入社まで至らせる」ための実行の書である点が、類書と大きく違う。

この本を読んだ動機

エンジニアとしてキャリアを歩んでいると、採用に関わる機会はじわじわ増えていく。 チームの採用計画を立てる側に回ったり、リファラルで知人を紹介したり、逆に自分がスカウトを受ける側になったり。 気づけば「採用を受ける側」と「採用する側」の両方の視点を同時に持つことを要求される。

その一方で、エンジニアには採用を体系的に学ぶ機会が少ない。 スカウトメールの文言、面接での惹きつけ方、求人票の書き方といった「実行レイヤー」のノウハウは、人事担当者以外には届きにくい。 本書は入門書ではなく実務書であり、採用のオペレーションがどう設計されているのかを解像度高く理解したいという動機で手に取った。

本書の構造 — 10章×実行レイヤー

本書の10章は、採用活動の「戦略」から「実行」までを上流から下流に向かって整理している。 第1〜4章は戦略レイヤー(何を目指し誰を採るか)、第5〜8章は実行レイヤー(どう母集団を作りリーチするか)、第9〜10章はクロージング(面接と方針の型化)という構造だ。

レイヤー 対象範囲 筆者の読みどころ
戦略(第1〜4章) 採用戦略/良い職場づくり/会社の魅せ方/ターゲット設計 売り手市場という前提の置き方と、事業計画から採用計画を逆算する思考
実行(第5〜8章) 採用広報/求人手法/求人広告/スカウト 複数の求人手法をポートフォリオとして組み合わせる発想と、個別最適化されたスカウト作成
クロージング(第9〜10章) 面接術/ケース別採用方針 面接を「見極め」と「口説き」の両輪で設計する視点

採用漏斗 — 本書を貫く"実行の地図"

本書は明示的に「採用漏斗」という単語を多用するわけではないが、全章を通読すると、母集団形成から入社までの漏斗を各章がどの段階をカバーしているかがくっきり見える。 各段階で離脱率を下げるための施策が、章ごとに割り当てられている構造だ。

graph TD
    Pool["母集団形成<br/>(候補者プール)"]
    Apply["応募<br/>(エントリー)"]
    Screen["書類選考"]
    First["一次面接"]
    Final["最終面接"]
    Offer["内定"]
    Hire["入社"]

    Pool -->|求人広告・スカウト<br/>第5〜8章| Apply
    Apply -->|速攻対応・選考体験<br/>第1・7章| Screen
    Screen -->|見極め基準<br/>第4章| First
    First -->|面接術<br/>第9章| Final
    Final -->|口説き<br/>第9章| Offer
    Offer -->|内定者フォロー<br/>第10章| Hire

    style Pool fill:#8b5cf6,color:#fff
    style Apply fill:#3b82f6,color:#fff
    style Screen fill:#14b8a6,color:#fff
    style First fill:#14b8a6,color:#fff
    style Final fill:#f97316,color:#fff
    style Offer fill:#ec4899,color:#fff
    style Hire fill:#ec4899,color:#fff
採用漏斗の各段階と、本書の対応章。上流(母集団形成)から下流(入社)まで、離脱を減らす施策が章単位で割り当てられている

この地図を頭に入れると、「応募は来るのに辞退される」「内定までは出るのに入社に至らない」といった症状がどの段階の問題なのか、切り分けて診断できるようになる。 採用の不調を「人気がない」と漠然と捉えるのではなく、漏斗のどこで詰まっているのかを数値で特定する視点は本書の基本スタンスだ。

印象に残った学び① — 「企業が選ばれる側」への意識改革

第1章の出発点は衝撃的なほどシンプルな事実の確認から始まる。 即戦力人材は超売り手市場。有効求人倍率を見ても、優秀層ほど複数社から声がかかる状態が常態化している。 つまり「応募者を選ぶ」時代は終わり、「求職者から企業が選ばれる」時代に入った、という冷静な現状認識からすべてが始まる。

この転換は、口で言うのは簡単だが実運用に落とすのは難しい。 応募が来れば選考スピードを最優先にし、書類選考で落とす割合を見直し、面接官の態度を「査定する側」から「魅力を伝える側」にシフトする必要がある。 本書は繰り返し「採用は人気作り(ブランディング)である」と強調し、マーケティングの発想を採用に持ち込むことを要求する。

印象に残った学び② — KPI逆算思考で採用計画をつくる

第1章3節の白眉は、事業計画から中途採用計画を逆算する手順だ。 採用計画を「昨年何人採ったから今年は何人」で決めるのではなく、事業目標から演繹的に必要人数を導き出す

本書は営業職の例で順を追って示す: 目標売上 = 受注数 × 単価。受注数が分かれば、受注率から必要な商談数が出る。 商談数が分かれば、商談率から必要なテレアポ数・メール送付数が出る。 ここで1人の営業担当が1日に起こせるアクションには上限があるため、必要な営業人員数がおのずと計算できる。 退職率を加味すれば、採用人数の目安が自動的に決まる。

ステップ 計算の入力 出力
① 事業目標 売上目標 必要売上
② 営業KPI分解 単価・受注率・商談率 必要商談数/テレアポ数
③ 1人あたり稼働量 1日のアクション上限 1人の月次キャパ
④ 必要人員数 月次キャパ × 稼働月数 必要営業人員
採用計画 必要人員 − 現有人員 + 退職見込み 中途採用目標人数

これはそのままエンジニア組織にも応用できる。 プロダクトのロードマップ → 必要な開発ケイパビリティ → ストーリーポイント換算 → 1人あたりの生産量 → 必要エンジニア数、という順に逆算すれば、「なぜこの時期にこの人数を採るのか」を事業の言葉で説明できる。 CEOや事業責任者との採用予算交渉で、「感覚的な人員不足」ではなく「事業KPIから導いた採用計画」として提示できる武器になる。

印象に残った学び③ — 速攻対応と選考体験の威力

第1章で繰り返し強調される実行レベルの施策が、応募から初回返信までのスピードだ。 売り手市場では、候補者は同時に5社・10社と選考を受けている。 応募後に「24時間以内に人間味のある返信」が来る会社と、「3日後にテンプレート文」が届く会社では、候補者の心理的な順位付けが決定的に変わる。

本書は、採用担当者を専任で置くべきか兼任で回すかという古典的な論点にも踏み込む。 採用業務は「待ち」ではなく「攻め」の仕事であり、兼任でスキマ時間にやると速攻対応が崩れる。 だからこそ採用体制の設計(第1章2節)に大きな紙幅が割かれている。 経営者・現場・人事担当者が参加する定例ミーティングを回すことで、採用が現場を巻き込んだ全社的な活動になる。

印象に残った学び④ — 求人手法のポートフォリオ

第6章は求人手法の特徴を横並びで比較する章で、採用担当者に限らず、経営者や現場責任者にも必読の内容だ。 本書は主要な4手法を取り上げ、それぞれのコスト構造・スピード・適合人材層を整理する。 単独の手法に依存せず、ポートフォリオとして組み合わせる発想が定石だ。

求人手法 コスト構造 スピード 適合する採用
人材紹介(エージェント) 成功報酬型(年収比の一定率) 即戦力・専門職・急募ポジション
求人データベース(ダイレクトリクルーティング) DB利用料 + スカウト工数 中〜速 ターゲット明確/工数を割ける組織
リファラル採用 インセンティブ(任意) 遅(社員ネットワーク依存) 文化適合性重視・キーポジション
自社求人広告(採用サイト・SNS) 制作費 + 運用工数 遅(ブランド構築が前提) ボリューム採用・中長期の母集団形成

本書の鋭さは、「どの手法を選ぶか」ではなく「どの手法に重心を置き、どう組み合わせるか」を論じている点にある。 例えば急募ポジションは人材紹介で攻め、中長期は自社サイトで母集団を育て、キーポジションはリファラルで慎重に当てる、といった使い分けだ。 単一手法に全振りしている組織は、市場変動のリスクを一手に背負っていることになる。

印象に残った学び⑤ — 面接は「見極め」と「口説き」の両輪

第9章の面接術で本書が強調するのは、面接には2つの目的が同時にあるということだ。 1つ目は見極め(候補者がポジションに合うか)、2つ目は口説き(候補者に入社意欲を持ってもらうか)。 売り手市場では、見極めだけに注力して「査定する面接」をしていると、優秀層ほど辞退する。

口説きの本質は、候補者のキャリア観・価値観を理解した上で、会社がそれに応えられる部分を具体的に示すことだ。 テンプレート化された会社説明ではなく、候補者固有の関心事に紐づけた語りが求められる。 「技術成長したい」と言う人には、具体的な技術スタックの挑戦機会を。 「裁量が欲しい」と言う人には、入社後90日で任せられる具体的なスコープを。

この観点は、候補者が自分の価値観を言語化できていない場合も多いという現実も踏まえている。 面接官が質問を通じて候補者自身に気づきを与えられれば、それ自体が"心理的契約"の起点になる。 見極めと口説きは別々の作業ではなく、同じ対話の中で同時並行的に成立させる技術なのだ。

考察 — エンジニアが採用書を読む意味

本書を読んで最も収穫だったのは、採用を「人事の仕事」ではなく「マーケティングとオペレーションの複合領域」として再定義できた点だ。 求人広告はLP(ランディングページ)であり、スカウト文章はアウトバウンドメールのパーソナライズであり、面接は商談のクロージングである。 SaaSの獲得ファネルと構造が驚くほど似ていて、B2C/B2Bマーケティングの知見がそのまま転用できる

一方で、本書は意図的に「現場で実行できること」に絞っているため、人材マネジメント理論(ミシガンモデル、ハーバードモデル等)や組織行動論の深掘りはない。 坪谷邦生『図解 人材マネジメント入門』が6要素の地図を提示する本だとすれば、本書は地図上の「採用」という領土を実際に耕すための農具のような本だ。 両方を併読すると、人事の全体構造と実行ノウハウの両輪が揃う。

また、本書の面白い副作用として、候補者側(転職者)としての自分の戦略も見直せる点がある。 企業がどういうロジックで母集団を作り、どのKPIで採用担当者が動かされ、どんな論理で内定を出すかを知れば、転職活動の見え方が一段立体的になる。 「応募が来て嬉しい会社」と「応募が来ても動かない会社」の差、「本気のスカウトとテンプレートのスカウト」の見分け方、「口説きが上手い面接官とそうでない面接官」の違い。 本書は採用する側の教科書であると同時に、採用される側のリバースエンジニアリング資料でもある

実務への応用 — エンジニア組織向け4アクション

こんな人におすすめ

おすすめしたい人:

  • 中途採用を担当する人事・採用担当者(特に実務を回し始めた1〜3年目)
  • 自社の採用に関わるエンジニアリングマネジャー/テックリード
  • スタートアップ経営者で、採用オペレーションを内製化したい人
  • 転職活動をする側で、企業の採用ロジックをリバースエンジニアリングしたい人
  • HRテック/採用SaaSのプロダクトに関わるPM・エンジニア

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本書が採用活動の出発点として最初に置く「意識改革」とは何か?

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